カテゴリー「鉄道-神岡鉄道」の24件の記事

2009/06/03

神岡鉄道・その後

神岡鉄道。廃線以後訪れないままになっていますが、地元飛騨市でも今後の取り扱いに苦慮しているようです。

廃線時には当時の市長は観光鉄道としての再開を目指していましたが、なにしろ山間僻地で日頃それほど観光客が多いわけでもなく採算性は当初から疑問視されていました。それでもなんとか復活できないかという思いを抱いていたのも市長が神岡の人だったこともありますし解らないではありませんでした。その後の選挙で鉄道の復活をしないことを公約に掲げた古川側の市長に交代し、復活の話は潰えました。

が、ここにきて撤去費用に莫大な金額がかかることが明らかになり、財政の厳しい自治体は苦慮しているようです。そもそも廃線時に神岡鉱山側から将来の撤去費のために基金として寄付された金額がそれなりにあったのですが、改めて試算したところ耐用年数の過ぎる橋梁部分の撤去だけでも足が出るのだそうです。鉄道を復活させるにも橋の補修で金がかかり、撤去するにも税金からの持ち出しが必要。

飛騨市がどう舵を切るかが注目されます。

今年もGWに自転車を改造したトロッコで線路上を走るイベントが開催されたようです。それなりに盛況だったようですが、このイベントも橋が無くなればできなくなってしまいますよね。

【画像は在りし日の神岡鉄道】

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2008/03/27

神岡鉄道・観光鉄道としての復活構想は断念へ

廃線となった神岡鉄道。

廃線直前に観光用に復活させようという話が持ち上がり、いろいろな構想話がでていたが、先日の飛騨市長選で神岡地区を地盤としていた現職市長が落選。新しい市長は古川地区を地盤とする方になった。

そして心配されたとおり、「復活断念を前提に話を進める」ようである。

飛騨市は財政規模が小さく、採算性の見込めない鉄道復活に予算をまわす余裕などないのは当然のことである。地域の足として不可欠ならまだしも観光用なのだから...。市民病院の運営もままならない状態だと聞くので、正直なところより生活に必要な面だけでも手一杯だろう。廃線時に神岡鉱山からもらったお金があるうちに廃線処理をしてしまいたい気持ちもわからなくはない。

神岡地域の住民感情もあることなのですぐに断念を決定というわけではなさそうであるが、断念を前提に説明していくということなので、もう復活はほぼないとみていいだろう。

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2007/09/20

神岡鉄道・線路切り離しへ・再開へ暗雲

観光鉄道としての再開へむけて模索中の神岡鉄道。

猪谷駅構内の神岡鉄道接続分の線路が撤去される方向なことが飛騨市議会で明らかになった。(中日新聞にて報道)

なんでも安全対策上JR側が再開後の猪谷への乗り入れを拒み猪谷構内の線路を撤去する意向だそうである。これを受け飛騨中山から温泉口の17.6kmでの再開を目指して準備を進めているのだそうだ。しかし飛騨中山の駅はああいう構造であるし、現実的には茂住、あるいは漆山から温泉口ということになるだろう。完全にJRと接点がなくなることで利用し易さという点でも集客に影響が出るだろう。

もちろん再開したとしても鉄道だけでの黒字化は見込めず、観光事業の一部として全体での収支が採算に合うかどうかという面で検討されているのだが、前途は多難そうである。

12月中にも神岡鉄道を観光鉄道として再開するかどうかの最終判断がされるようであるが、見通しはかなり暗いのではないだろうか。このまま鉄道は断念ということになりそうな気がしてならない。

高山線の不通区間が復旧したことでそちらの面では飛騨市を中心としたこの地域では明るい話題が合ったばかりだが、こちらはどちらかと言えば暗い話題である。

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2007/09/07

神岡鉄道・引込線の鉄橋撤去へ

高山線が3年ぶりに明日から運行再開ということで、奥飛騨を訪れられている方も多いかと思いますが、同じ奥飛騨でも昨年廃止された神岡鉄道のほうからは貨物引込線の鉄橋の撤去工事が始まったとのニュースが入ってきました。

利用価値がない以上いずれはなくなるべき運命のものだっただろうとは思いますが、神岡の街を象徴する建造物のひとつだっただけに残念でなりません。

なんでもこの鉄橋は1911年製で東海道線大井川鉄橋として使われた後この地へやってきたという歴史のあるものだそうです。使いもしないものに保守でお金をかけるわけにもいきませんし仕方ないのでしょうね。

(画像は昨年撮影のもの)

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2007/06/07

神岡鉄道跡・その後

昨年廃線となった神岡鉄道。

観光鉄道としての復活に向けて地元が奮闘しておられるのはご存知の通り。

その神岡鉄道跡で、先日「レールマウンテンバイク」の試乗会が行われたそうである。

要はトロッコなのだが、マウンテンバイクと合体させてあり自転車をこぐ要領で進むことができるというものである。廃線前にすでに試作され披露もされているものだが、今回は往復5.2kmの試乗会となったようである。神岡大橋付近や船津の街並みなどを楽しみながら風を切って走るのも気持ち良さそうである。さすがに安全上漆山方面の本格的な景色を楽しむ場所まで行くことは無理だが、神岡市内だけでも十分に楽しめそうである。7月には観光協会が中心となってイベントを行うそうである。

さて、肝心の観光鉄道のほうはどうなのだろう?課題も多くたいへんなのだろうと思う。なにしろ廃線になったあと時間をおいて復活など前例がないのだから。新聞によるとDMVの導入も案のひとつとして出ているようである。カミオカンデの見学とセットで観光誘致を語るなら、なかなかいい方向性のような気もする。予約制のツアーになるのだから溢れて乗れなくなるという心配はないし、漆山にしろ茂住にしろ線路から道路へ乗り入れるためのおあつらえ向きの踏切まであるのだから利用しない手はない。排気ガス対策さえすれば鉱山内への直接乗り入れも視野に入れることができそうなので今後の展開が楽しみである。

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2007/04/02

鉄道の話題をいくつか

鉄道の話題をいくつか。

3月末でまた各地の鉄道のうち鹿島鉄道など3路線が経営努力むなしく別れを告げました。

岐阜では廃線になった神岡鉄道の資産譲渡や三井金属からの協力金の確認書が取り交わされました。今後観光鉄道として再開するにはまだまだ道は険しいですが、最悪失敗しても撤去費用の担保はできたわけです。

06年度が大赤字となった樽見鉄道は、当座は自治体の貸付で乗り切ったものの、07年度によほどがんばらないと先行きは厳しいでしょう。08年度以降も自治体が財政支援を続けるかどうかが今年度中に判断されます。自治体の支援がなければ即廃線にもなりかねないため、今年どの程度経営が改善されるかは注視が必要でしょう。今年も恒例の桜臨が1日から運行されていますが、淡墨桜の開花が例年より早く今週中ごろには満開になりそうです。

明知鉄道が、鉄道再生への基金を設立し寄付を集め始めました。乗客数は開業時の半分にまでなっているようです。

養老線同様に近鉄本体からの分離の方向で話が進められていた伊賀線。こちらもこのたび新会社「伊賀鉄道」が設立され10月1日から上下分離方式での運行となります。

最後は岐阜市内の廃線跡。路面電車部分は跡形もなくなり、一部専用軌道だった区間も撤去が進んでいます。市街地の部分は線路撤去後右折レーンの設置や片側2車線化などにスペースが割かれました。忠節橋北側部分は車線を増やすのではなく歩道の拡幅に当てられるようです。橋の北側に高校や中学が集中しており、現状歩道幅が自転車がすれ違うのもままならないような幅であったため歩道が最優先と判断されたようです。確かに通学時間になると自転車があたりまえに車道を走っていましたから危ないには違いありませんね。

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2007/02/03

機関車、解体-神岡鉄道

昨年廃止になった神岡鉄道。

観光鉄道での再開を模索しているようではあるが、なかなか難しそうである。

そんななか、悲しいニュースが飛び込んできた。

神岡鉄道のシンボルのひとつであった、奥飛騨温泉口駅前の「青い機関車」が解体されたそうである。既に耐用年数を過ぎた機関車ではあったが、神岡鉄道の象徴として静態保存されていたものである。会社がなくなり資産の整理をしている以上、いつかはこういうときが来るであろうことは想像してはいたが、ひょっとしたらどこかの公園なり学校なりに寄贈されないかと思っていたが残念な結果となった。最後まで走っていた「おくひだ2号」ともども解体して「鉄くず」として処分されるそうである。鉄くずとして無償で譲渡するくらいなら保存先を探しても良かったような気もしないでもない。

運行復活を模索している飛騨市には残りの「奥飛騨1号」と機関車(茶色のほう)が譲渡されるようである。以前新聞で報道されているものを見た限りでは、施設的にも残されるものは限られ、大半の駅は早い段階で撤去のようである。残される施設は「奥飛騨温泉口」「神岡」「茂住」だけだったと記憶している。ただ、現実問題として一度完全に廃線になっている以上、新規開業の手続きを踏まねばならず、現状のままでは規格外で認められないだろう。運行引継ぎの形であれば現状でよかったのだが、現在の基準では数箇所にある踏切が問題視されるであろう。民家がある以上踏切を廃止にするわけにもいかず、かといって踏切を利用する人の数や列車の数から見て立体交差工事というわけにもいくまい。仮に運行が認められたとしても、車両や施設の保守にかかる費用を稼ぎ出せるとは思えず、とても採算ベースにはのらないだろう。気持ちとしては復活できるのであればうれしいが、現実的にみて観光客が誘致できるとも思えず、おそらく計画断念となるのではないかという気がする。

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2006/12/19

神岡鉄道の最終日・その5

そして、最終列車。

奥飛騨温泉口駅から最後の上り列車が出発する。

出発に合わせてホームでは発車式が行われた。

列車はもちろん満員。

見送る人々も多数。

出発に合わせるかのように雨が降り始める。

18時、最終列車が汽笛を響かせて出発。

最後の営業列車である。

そして1時間半ほどの静寂の時。最終列車を待つ人。最後のセレモニーの準備をする人。

昼間の喧騒とは少し違う状態が続く。

地元の方々が徐々に集まり始める。

線路に沿ってロウソクが並べられる。

最後を見守る人々の手にもロウソクの灯。

20時前、最終下り列車が到着。

いったん上がった雨が、まるで見透かしたかのように降り始める。涙雨...

会社側からの最後の挨拶、社員全員での街の方々へのお礼。

長い汽笛を鳴らし、最後の回送列車がホームを離れる。

職員の方々による涙の万歳三唱。

神岡鉄道の歴史が閉じた。

観光鉄道としての再開を模索中であるが道のりは険しい。

三井金属からの寄付金はめどが立ったものの、事業譲渡でなく新規開業となると、踏切をどうするかという問題も出てくるだろう。年に何日も運行しない列車のために立体交差工事を行うわけにもいくまい。先行きは厳しいだろう。

神岡からの帰り、数河峠は雪が舞っていた。最終日を待ったかのように奥飛騨に冬の到来である。

【関連ページ kojiro-railway 13号館 神岡鉄道の館】

【関連ページ 15号館にて 最終日始発から最終までのドキュメント動画(約14分)公開中】

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神岡鉄道の最終日・その4

午後も混雑は続く。

満員のお客さんを乗せて列車は走る。

夕方も鉱山止めの列車は猪谷まで延長運転。

寒気が流れ込み気温はどんどん下がる。時折小雨...というより雪の溶けたものが舞う。上空にあるのはどう見ても雪雲。そんな中沿線ではカメラマンが神岡鉄道の最後の勇姿を待つ。

そして日没。最後の夜がやってくる。

【関連ページ kojiro-railway 13号館 神岡鉄道の館】

【関連ページ 15号館にて 最終日始発から最終までのドキュメント動画(約14分)公開中】

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2006/12/17

神岡鉄道の最終日・その3

午後に入っても人並みは途切れず、思い思いの撮影地で写真に収める人、最後のお別れに乗車する人が多数。午後も臨時運用で続々と猪谷行きの列車が走ります。

本来鉱山駅で一休みのはずの運用も猪谷まで、満員のお客さんを乗せての運行。駅員さんも運転士さんも昼休みどころではありません。

【関連ページ kojiro-railway 13号館 神岡鉄道の館】

【関連ページ 15号館にて 最終日始発から最終までのドキュメント動画(約14分)公開中】

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